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広島高等裁判所松江支部 昭和40年(ラ)9号 決定 1965年11月09日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

抗告理由(一)点について

所論は、抗告人は更生債権金一五六七万六九三一円を有名義債権として届出で且つその資料として和解調書正本を添付しているのに、管財人は債権確定の訴を提起することなく、右届出金額の内金九〇万円について異議を主張し、原裁判所及び管財人は抗告人の更生債権を右異議ある金額を差引いた金一四七七万六九三一円として取扱つているのは更生手続上の違法があると主張する。

案ずるに、確定した更生債権者又は更生担保権者でなければ更生計画に参加しその分け前にあずかることはできないので、若し更生債権及び更生担保権の調査期日において管財人又は利害関係人より異議が主張されて権利が確定しないときは、原則として、更生計画による分け前にあずかろうとする権利者において、異議者に対し、訴をもつてその権利の確定を求めなければならない(会社更生法一四七条一項)。但し、管財人から異議を述べず更生債権者、更生担保権者又は株主のみが異議を述べたとき、或いは、異議のある更生債権又は更生担保権が執行力ある債務名義又は終局判決のあるものなるときは、例外として、異議者は訴訟手続によつてのみ異議を主張できることになつている(同法一五一条一項、一五二条一項)。而して、ここに「執行力ある債務名義」というには、執行力ある正本と同一の効力があつて直ちに本執行をなし得るものであることを要し、執行文を要するものについては既に執行文を付与されていなければならないと解すべく、しかも、届出更生債権又は更生担保権が執行力ある債務名義のあるものとして取扱われるためには、権利者において、届出に際しその旨を明示し且つその証拠資料を提出すべきであり、たとい権利者の手許にその証拠資料が存在していても届出に際しこれが提出を怠るときは、執行力ある債務名義のある権利として取扱うことができないものと解するのが相当である。

そこで、抗告人の本件届出更生債権につき検討するところ、抗告人は、昭和三九年六月四日更生債権金一五六〇万円を大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第二一八五号事件の和解調書に基くものとして、又更生債権金七万六九三一円を右金員に対する法定利息金として各届出で、和解調書正本写を資料として添付していること、第一回調査期日(同年六月二六日)において、管財人は右届出更生債権の内金九〇万円について異議を主張し、原裁判所は同年七月二日付異議通知書をもつて異議のあつたことを抗告人に通知していること、管財人及び原裁判所は抗告人の確定更生債権を金一四七七万六九三一円として取扱つていること、が記録上明らかである。しかしながら、抗告人の更生債権届出書には、その債権が執行力ある債務名義の有るものである旨の記載はなく、添付されている和解調書正本写は執行文の附記されていない正本写であつて、その届出の形式、内容等からは執行力ある債務名義の有る更生債権として取扱うことは到底できないものなのである。してみると、抗告人の届出債権につき管財人から異議を主張するに当り訴訟手続による必要はなく、異議を主張された抗告人の側から異議を排除するために債権確定の訴を提起しなければならないことになる。しかるに、抗告人から異議ある金九〇万円について債権確定の措置を講じたことを認むべき資料はなく、管財人及び原裁判所が抗告人の届出更生債権の内異議ある金額を失権したものとなし、残金一四七七万六九三一円を確定更生債権として取扱つたことは相当であつて、何等更生手続上に違法な点はない。論旨は採用し難い。

抗告理由(二)の(1)点について

所論は、原裁判所が認可した更生計画第二章第一節第二項(一)(2)(イ)において「更生債権者大東町役場は本税の一〇%六万五三四〇円と延滞金債権二万八〇〇九円、更生債権者島根県厚生部保険課は延滞金債権の内一九万五三〇〇円は免除する。」としているが、右は徴収の権限を有する者の意見を聞き又は同意を得たものかどうか不明であるから、会社更生法一二二条一項に違反しているというのである。

しかしながら、記録編綴の大原郡大東町々長高橋英夫名義の昭和四〇年三月一九日付同意書及び歳入徴収官島根県厚生部保険課長地方事務官松本覚太郎名義の同年二月二三日付回答書によれば、所論引用の更生計画書記載の事項については、その徴収権限を有する者の同意を得ていることが明らかであつて、原決定には所論のような違法を認め得ない。論旨は理由がない。

抗告理由(二)の(2)点について

所論は、原裁判所が認可した更生計画第二章第一節第三項において、一般債権及び日本開発銀行、中小企業金融公庫更生債権につき免除率を五〇%と定めているのに、抗告人の更生債権の免除率を八六、七%と定めているのは会社更生法二二八条二二九条の各規定に違反するものであると主張する。

更生手続には異質の権利者が利害関係人として多数参加するので、その相互間に実質的平等を確保するため同法二二八条一項は、更生計画においては同条項各号に掲げる権利の順位を考慮し、計画の条件に公正・衡平な差等を設けるべきことを要求している。そこで記録を検討するところ、原裁判所が認可した更生計画は、権利の変更並びに弁済方法(第二章第一節)の基準として、更生担保権、優先的更生債権及び一般更生債権の三部門に分類したうえ、その間に計画の条件につき差等を設けているが、右差等は同条項各号に掲げる権利の順位を十分考慮した公正且つ衡平なものであることを認める。

又、同法二二九条は、本文において、同じ性質の権利を有する者の間では、更生計画の条件を平等にすべきであるとするが、但書において、更生債権者及び更生担保権者については、その債権の少額なものにつき別段の定をし、その他これらの者の間に差等を設けても衡平を害しない場合には、不平等な取扱も許される旨規定する。即ち、右但書は、差等を設けることが合理的であり衡平を害しないと見られる限度において、債権額の多寡、権利発生の態様、弁済期、債権の目的、発生時期の差異等権利の個別性に着眼して、その間に異る取扱をする余地を認めているものと解するのが相当である。そこで同順位にある抗告人の更生債権と他の一般更生債権との間に異る取扱をする余地があるかどうかを検討する。

記録並びに管財人藤野勝太郎作成の上申書二通、同管財人審尋の結果を総合すると抗告人の本件届出更生債権は、抗告人の子会社である東洋物産株式会社(以下単に東洋物産と略称する)が破綻に瀕した際、抗告人及び東洋物産から更生会社に対して、東洋物産の窮状を救うため抗告人の東洋物産に対する旧債権及び緊急融資金債権につき保証方を懇願されたのと、更生会社の当時の社長吉田章義が個人的な思惑があつて保証したことにより発生した保証債務であつて、更生会社としては何等これにより直接的にも間接的にも利益を得ていないものであること、右保証債務につき抗告人から請求訴訟があり、昭和三六年八月三〇日抗告人と更生会社との間に、更生会社の債務額を金一八八〇万円と確定し、内金八〇〇万円を毎月八〇万円宛一〇回に分割支払うものとし、分割支払を遅滞なく履行したときはその余の債務を免除するが、一回でも不履行のときは右承認額の残金を即時支払うべき旨の裁判上の和解が成立したこと、更生会社は和解条項に従い第四回目までの合計金三二〇万円の支払をなしたが、第五回弁済期である昭和三九年三月末日当時は、本件更生手続開始申立の寸前であり且つ更生会社が支払停止の状態に陥つていたがため、割賦金の支払ができず同年四月三〇日遂に更生手続開始決定を受けるに至つたものであること、ところが抗告人は和解条項の懈怠約款に基いて承認債務額の残額金一五六七万六九三一円を更生債権額として届出たこと、他方他の一般更生債権(日本開発銀行並びに中小企業金融公庫の更生債権を含む)は、いずれも更生会社の運転資金或いは営業費用等更生会社の営業上直接且つ必要欠くべからざる事由により発生したものであること、が各認められ、両者の発生の原因に著しい差異のあることが明らかであるから、その取扱上に差異を設けることはやむを得ないことであるのみならず、むしろ差異を設けることによつて実質的平等を期することが必要であると考える。そこで右説示のような権利の発生原因における差異、経過その他前記資料により認め得る抗告人の更生債権と他の一般更生債権の内容を比較検討すると、抗告人の更生債権につきその八六、七%を免除し、他の一般更生債権につき各その五〇%を免除することとした原決定は衡平且つ合理性があるものということができる。

されば、抗告人の主張はすべて理由がない。

憲法違反の諭旨について

所論は、会社更生法二一三条、二四一条、二四二条の各規定は、憲法二九条各項に違反するものであると主張する。

しかし憲法二九条は、一項において「財産権は、これを侵害してはならない」旨規定し、私有財産制の原則を採るとはいつても、その保障は絶対無制約なものでなく、二項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」旨規定しているのであり、これは、一項の保障する財産権の不可侵性に対して公共の福祉の要請による制約を許容したものに外ならないのである。

さて、企業が窮地に陥つたとき、これを破産により解体させてしまうか或いは再建させるかは、単に私法上の債権者、担保権者、株主等ばかりでなく、公法上の債権者、企業従業員、労働者等広範囲且つ多数の者に切実な利害関係のあることがあつて、社会的にも決して軽視できない問題である。会社更生法は、再建の見込があり具つ再建することが社会的に価値ある株式会社について、解体による社会的損失を防止するため、錯綜する利害関係人の利害を調整しつつ、その維持更生を図ることを目的として制定されたものである。なるほど同法二四一条は「更生計画認可の決定があつたときは、計画の定又はこの法律の規定によつて認められた権利を除き、会社は、すべての更生債権及び更生担保権につきその責を免がれ、株主の権利及び会社の財産上に存した担保権は、すべて消滅する」と規定し、同法二四二条は「更生計画認可の決定があつたときは更生債権者、更生担保権者及び株主の権利は、計画の定に従い変更される」と規定するところであり、この両規定により債権者、担保権者及び株主はその財産権に制限を受けるものであることは明らかである。しかしながら、前記のとおり会社を維持更生させることは社会的要請であること、若し斯る免責又は権利変更を認めないとするならば、会社は破産して解体し、広範囲且つ多数の利害関係人を害する結果になるから、免責又は権利変更はそうした最悪事態を避けるゆえんでもあること、又会社が更生すれば、債権者等は損失を回復する機会を得られること、会社更生法は利害関係人の権利の不法な侵害を防止するために更生計画の作成に関する詳細な規定を設け且つ更生計画認定の要件を定めて、合理的に規制していること等を考え合わせると、右両規定はいずれも公共の福祉のために憲法上許された必要且つ合理的な財産権の制限であると解するのが相当である。

なお会社更生法二一三条は「更生計画によつて債務が負担され、又は債務の制限が猶予されるときは、その債務の期限は、担保があるときはその担保物の耐用期間、担保がないとき又は担保物の耐用期間が判定できないときは二十年をこえてはならない」と規定しているが、右規定は、更生計画において余り長期の債務を負担し若しくは余り長期の期限を延長するときは、更生計画の基礎を不安定にし、債権者等の権利を有名無実たらしめ、不当にその権利を侵害する虞れがあるので、これを保護するための規定であつて、これ亦公共の福祉に適合するように財産権の内容を規制したものといえるから、憲法二九条の規定に違反しない。

所論は又、会社更生法二一三条二四一条二四二条の各規定は、憲法三二条に違反するものであると主張する。

所論引用の会社更生法の規定はいずれも更生計画の条項に関する規定であり、更生計画の内容をなすものであるが、その更生計画の効力が発生するためには関係人集会の可決があつただけでは足りず裁判所の認可のあることを要するとされている(同法二三六条)。更生事件は地方裁判所の専属管轄であり(同法六条)、更生手続に関する裁判は決定の形式でなされる(同法九条)、裁判所は更生計画の認否について決定しなければならないのであり(同法二三二条)更生計画認否の決定に対して即時抗告及び特別抗告が許されている(同法二三七条)、してみると所論引用の会社更生法の規定は憲法三二条に違反するものでないということができる。

以上の次第であるから、本件抗告は理由なきものとして棄却すべく、主文のとおり決定する。

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